”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”キリングゲーム”(13年)

実にややこしい、この映画の原題は”Killing Season”なんだが同じように”キリング”が付く映画が”フィールド”だったり”グラウンド”、とか”ゲーム”だったりと交錯する。同じカタカナ表記にするなら邦題も”キリング・シーズン”に統一してくれりゃ良いものを、、てっきり名作”キリングフィールド”だとばかり思って録画したオレが悪いのか?

 

 

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配役はロバート・デニーロジョン・トラボルタ、、殆ど全編この二人だけの殺し合いだ。背景はボスニア戦線の終盤、セルビア人将校エミール(J・トラボルタ)以下のサソリ班と呼ばれていた極悪無比の連隊が市民の虐殺を遂行していた頃だ。その悪名高き軍団を追い詰め収容所を開放しサソリ部隊を一斉に処罰した側の連合軍にフォード大佐(R・デニーロ)がいた。

そして時代は一気に18年後の現代へ、、ある酒場へ入って行くエミールはどうやら金を払って元フォード大佐の消息を追っているらしい。この辺りまではテンポよく冒頭殺されたハズで腕にサソリの入れ墨があった将校はエミールか、、と判る仕組みだ。

しかし銃殺されていたような冒頭のシーンがアタマに浮かび、そいつが何で今さらフォードを追っているのか不明のままだ、。

映画は一転、アパラチア山脈の奥深い箇所に山小屋を建てて下界とは離れた生活を送っているフォードが出て来る。息子や孫もいるようだがその家族とは疎遠、奥さんともとっくに別れているらしい。セリフの中に20年前に離婚してて再婚した奥さんの相手が結婚式で介添え人をやった友人だ、、と出て来るので二人に対して良い感情は持ち合わせていない様子で一人で自給自足の生活をエンジョイしている。

そんなフォードの所へエミールがやって来るのだ。徐々にナンで今頃、戦時中の恨みを晴らしにやって来たのかは判る仕組みだが要はこの広大な森林地帯でエミールはフォードを鹿を追うような手段で”狩り”に来たらしい。

こうなるともうシルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツネッガーの戦いじゃないが英知と体力を使い敵を倒すまでのデスマッチとなるのであります。トラボルタの方が若いし、その体力の差は歴然としている。でも互いに譲らす死闘を繰り返す、さて決着はつくんだろうか?っで90分一本勝負、デスマッチとなりました。

そりゃエミールの言い分は判らないでもない、、でも待てよ、最初に人民を一斉に殺戮して処罰されたのはオマエじゃないか、、それにフォードが追われる筋合いはないよな、、とどうしても彼に肩入れしたくなっちまう。まあ余り記憶に残らない、いや残したくない映画でしたが最後まで二人が出ずっぱりで目が離せなかった、、。