”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”ヒッチコック”(12年)の”サイコ”(59年)

一般的に”伝記映画”と言うと主役の生い立ちから成功或いは失敗するまでの長丁場が常で配役にも幼少期を演じる子役が使われるケースが多い、、。しかしこの”ヒッチコック”はホラーのクラシックと言われる”サイコ”の制作だけに焦点をあて、ヒッチ爺と妻のアルマを主役に据えた”変則ラブストーリー”となっている。
 
イメージ 1
その撮影期間は僅か2ヶ月、、59年の11月30日から翌60年の2月1日には撮影が終了している。しかも総予算がたったの8、000万円、そりゃ半世紀も昔で貨幣価値は違うもののこんな低予算で膨大な収益をあげた手法は映画の出来以上にもっと評価されても良いのではないだろうか。
映画は完全なるメージャー制度だった50年代後半、パラマウント社の一角に自身のオフィスを持つヒッチ爺、”めまい”、”北北西へ進路を取れ”とヒット作を生み人気絶頂の頃、もう還暦近いのだが、、次作にはもっと斬新で観客を驚かせるような作品を手掛けたいと試行錯誤している。そんな時に読んだ原作、、”サイコ”にインスピレーションをかき立てられパラマウントの制作会議へ、、しかし重役連中は余りに手法が違うと言って首を縦に振らない。そこで彼は自宅を抵当に入れ自身で制作費を捻出する事にする。そして再度の交渉ではグロス収益の配当40%を取る事で国内の配給権を承諾させる。多分これは59年の夏頃じゃなかろうか、、それから配役の選定、奥さんが選んだ写真からジャネット・リー、、そしてアンソニー・パーキンズが決まる。この場面で往年の美女、ヴェラ・マイルズが出て来るんだな~、、この映画ではジェシカ・ビールズが演じている。確かにテレビ用の”ヒッチコック劇場”に登用されていて金髪ご夫人がお好きなヒッチ爺はかなりご執心だった、、劇中でも”必ずキミを大スターにしてやる”と言う場面があるのだが彼女は結婚してしまいヒッチ爺の言い成りにはならなかった、そこで契約が残る彼女を”サイコ”に使った訳でこの辺りのセリフが妙に生々しくやはり当時噂されたのは真実だったんだ、、と”秘密保護法案”じゃないが50年を経過してやっと当時の真相を知る事が出来た感じがする、。
映画はそのジャネット・リー、、当時はおしどり夫婦と言われトニー・カーチスと蜜月が続いていた時期で生まれたてのジェイミー・リー・カーチスが1歳だった、、それなのにトニー・カーチスが62年に17歳のクリスチーヌ・カウフマンの元へ去ってしまい11年に及んだ結婚生活も破綻してしまった。そんな事を思い出しながらこの映画でジャネット・リーを演じたスカーレット・ヨハンセン、、そう言われれば似ているのかな、、。更にはアンソニー・パーキンズを抜擢する場面、奥さんのアルマが”良いんじゃない、、”それに対して秘書役を演じていたトニ・コレットがメガネ越しに小指を立てながら”本当に良いんですね?”と言うシーンがある、、小指を立ててゲイを指すってのは日本だけかと思ったがそうじゃなかったんだ、、と、それにハリウッドでは周知の事実だったって事が判ってビックリした。
結局映画は完成してパラマウントの重役連中の前でラッシュを試写するのだが、、評判はイマイチ、全国区では上映出来ないとのお達し、それも二館だけの限定公開だ。ある幹部は編集し直してテレビ上映用にする、等と言い出す始末。其処からがこのヒッチ夫婦の真骨頂、そのフィルムを独特の編集方法と音響効果で全く違ったモノに、更に上映に工夫を凝らして上映開始後の入館はお断り、結末は話さない、それら各種条件を付けたマーケティング活動を行いそれら戦術が功を奏し映画は初日から大ヒット、最終的にはこれがヒッチコックの代表作として今も語られると言う事になる。
イメージ 2
どうもオリジナルの”サイコ”とこの映画、”ヒッチコック”が錯綜してしまいどちらがどうだったのか、、当時の舞台裏暴露的な雰囲気になってしまった。ヒッチ爺とアルマ夫人の間には一人娘のパトリシアがいて”サイコ”にもチョイ役だが出ている。28年生まれなのでこの頃は30歳くらいか、、でも”ヒッチコック”では配役もされてないし夫婦のセリフにも一切出て来ない。55年から続いていたテレビ版”ヒッチコック劇場”では常連さんだったのに劇場用映画はこのあともう一本出ているがそれっきりの俳優生活だったらしい。
アンソニー・ホプキンズが凝ったメイクと”肉襦袢”でヒッチコックを、ヘレン・ミレンが奥様のアルマを演じているのだが二人とも完全なるイギリス人、やはりアメリカ人を配役するのは無理があると言う事なのか、、長いスパンで二人の伝記にするよりも短期間に焦点を合わせ伝記というより”サイコ”の内幕暴露として見ると妙に納得出来る映画だった。