”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

苦手じゃない男優さん

ナンでも今年の読売ジャイアンツは”魔木”だとか、、俺のお株を奪ったな、、と思ったら今季は木曜の試合は全敗なんだとか、、、それも馬鹿じゃん?と思わず唸ったのだが此方は毎週必ずやって来る”魔金”、、今日も朝からせっせと仕事に励み、後はゴミの回収車が敷地内へ入ってくれば今週の仕事は終わりになるんだが、、まだ来ないのだ。

其処でブロ友のアンダンテさんが”苦手意識?男優編”と書かれていたので真似っこして”苦手じゃない男優さん”を書いてみた。ワタシの場合はこいつは実に簡単なのである、、そりゃ普通に”苦手じゃない”男優さんは星の数ほどもいるのだがその中から”好きな、、とか影響を受けた”、となるとこの二人に行き着くのだ。

イメージ 1映画は62年に公開された(当時はB級アクションと呼ばれた)”ドクター・ノオ”で007を演じたショーン・コネリーである。公開時は”007は殺しの番号”とかの邦題だったが後年、シリーズが大ヒットしてから改題された。

30年スコットランド生まれのアイルランド人である。62年に007に抜擢された時は32歳と原作のイメージとかなり近い。イアン・フレミングの原作では38歳とかの長身、浅黒く、、左頬にナイフ傷ありって事だった。この007役を筆頭に06年までそりゃ数多くの作品に出ている。87年の”アンタッチャブル”では遂にオスカー助演男優賞も獲得、99年にはナイトの称号も授与され名実共にイギリス映画界に残る男優さんだ。

イメージ 2そしてもう一人がこの人、、ショーン・コネリーとは余りにも違い過ぎる対極、それもアメリカはニューヨークに生まれたトニー・カーチスである。

25年生まれで10年に亡くなってしまったが最初に映画館で遭遇したのが”ウィンチェスター銃73”(50年)だったんじゃなかろうか?それから”空中ブランコ”(56年)、”成功の甘き香り”(57年)、、60年代の映画は全部見ているような気がする。中でも”手錠のままの脱獄”(58年)、”お熱いのがお好き”(59年)はかなりの秀作だ。

彼のハナシになると何時も家内とは喧々諤々となる、向こうは”あんなニヤケて品のない人の何処が良いの?”となるのだが恐らく小学校時代からずっと見ていたんだし何処が良いのさ?と言われても困ってしまう。確かに演技派ではない事は明白なんだがあの仕草や清潔感溢れる立ち振る舞いが好きだった、、。何せこの伝記本もそうだがその昔、発売と同時に買い込んで読んでいるし今もちゃんと書棚に鎮座しているのだ、、、。

何かここまで書いて以前にもこんな事を複数回書いているんじゃないのかな??と思い当たった、、今更削除するのも嫌だし、、まあYahooさんが勝手に削除してくれるケースもあるのでこのままにして置こう、、しかしまだトラックが来ない、、、。


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