”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

猫がいる風景

オーストラリアへ上陸してこの25年余、我が家には何時も猫がいた。始めてやって来た時、兄や姉とは離れ離れになる次女が提示した”帯同する条件”が猫を飼うことだった。まあ上の二人はもう学業で大変だったし小学校を終えたばかりの次女は横浜に住んでいた祖父母に預けてって訳にはいかないしこれはもう無条件降伏。

そして最初に我が家へやって来たのが”ブリッキー”と言う子猫、確か生後数週間だったが最寄りのペットショップじゃなくて”一匹でも恵まれない猫を助けたい”一心でRSPCA(動物愛護センター)のお世話になった。時期が悪かったのか子猫がいなくて、”来週又、来てくださいね”と担当官に言われ帰ろうとすると、、子猫を抱いたおばちゃんが入って来た。おばちゃん曰く”先週、頂いたんですが主人がアレルギーでダメなんです、、残念ですが返しに来ました”、、それを聞いた家内と娘、じゃあウチにください、、って訳で数十ドルを払って我が家へ、、ワタシはどうしたんだったか車を停めるのにモタモタしてたのかやっとこさ入口へ向かっていると向こうから真っ黒な子猫を抱いた娘がやって来る、、なので上記の顛末は聞いたものだ。

それが最初の黒ねこ、、残念ながらその頃はまだデジカメもなくプリントされた映像っきゃないのだ。そしてその後、一年が経過して”一匹じゃ可哀想じゃない?”と言う娘の提案で再度RSPCAへ出向く、、この時は最初っからワタシは行ってないのだがケージの通路を歩きながら中を見ていると、、向こうの方から必死でちょこちょこ走って(歩いて)くる子猫がいたそうな、、いかにも”わたしを連れてって、、”と言う表情に一発決定、その子が”モノトン”として我が家の愛猫、二匹目に、、。

イメージ 1この映像はもうかなり経過してすっかりおっさんの雰囲気で既に二匹とも10歳は優に越していた。

その二匹目を引き取り引越して直ぐの頃だったか我が家には愛犬四郎が、、ちょっと遅れてやって来たのが元野良だった”ジンジャー”、、コイツはある日突然、我が家の玄関先に現れ一宿一飯の仁義を、、それが何時の間にか居着くようになり猫x三匹と愛犬x1の大所帯になってしまった、その後、肝心の娘は高校を卒業すると”ワタシは日本へ帰るね”っと言い残し、全員そのままに、、、帰ってしまった。

そして再度引越し、、どうもオーストラリア生活が長くなりそうだったので腰を据えて住環境も整えよう、、そんなで購入物件を物色する間だけ賃貸の戸建へ、その最中に家内が遭遇したのが”エリー”だ。ご近所にいた日本人女性(学生さんだったか)のえりさん、、アパート住まいだったが毎晩家のドアをひっかく子猫がいるとか、、どうも母猫を亡くし孤児になってしまったようでやせ細り、ちっこい黒猫、しかしアパート住まいじゃ面倒がみれないしビザが切れりゃ日本へ帰るっきゃないそうな、、そしてある日、当然の如く我が家には家内に抱かれ”エリー”がやって来たのです。

イメージ 2

そんな我が家の”愛猫歴”、今じゃこのエリーだけになりそれも16年以上が経過している。これは在りし日の四郎とエリー、、それももう8年くらい前の事になるのだが、。

そしてその帰国した娘なんだが結局ああなってこうなって今じゃシアトルに居住、その家庭にはこんなのが居るそうだ、、。

イメージ 3

もう5歳くらいになるのだが”もんじゃ”と”べんけい”の兄弟猫、やはり一匹じゃ寂しかろうし兄弟を離れ離れにするには忍びない、、とかで一気に二匹、。

どうも最近は娘の世話に忙しく面倒を見てもらってないようだが、、。

しかしエリーと違ってカメラ写りは上々だしイケメンだなぁ~、、何時までも可愛がって貰えよ。どうも上記画像は過去にも何回か登場しているよな~、、。


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