”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”デス・ショット”(18年)

この映画はかなり新しい、、でもコロナ前だと思うが劇場公開はなくいきなりDVDデビューだったかも知れない。J:COMが配信しているムービーチャンネルで放映されていたのを録画して置いた。原題は”Reprisal”で報復、復讐みたいな事だが何故かそれが”デス・ショット”と殺しの一発になっている。まあそんないい加減さが祟っているのか出来は本年度、、どころか今世紀最悪と言っても良いだろう。

 

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主演は銀行員のジェイコブに扮するのがフランク・グリロ、彼は愛する妻と娘と幸せに暮らしていたが、娘は糖尿病を患っていた。そんなある日、ジェイコブの勤める銀行が単独の武装強盗に襲われる。

この事件を捜査するFBIは銀行内部に犯人の共犯者がいると睨み、その疑いをジェイコブにかける。ジェイコブは疑いを晴らすため、隣人で元警察官のジェームス(ブルース・ウィリス)の協力を得ながら、独自に捜査を開始する。

そして犯人の次なる犯行を食い止めたジェイコブだったが、それが原因で彼の妻と娘は犯人に誘拐されてしまう。怒りに燃えるジェイコブは、妻と娘を助け出すため奔走する。

と読めばうん、面白そう、となるが第一ブルース・ウィリスはタイトルロールにも二番手に出て来るように主演じゃない。それにこれはオレが無知なのかフランク・グリロっちゅうのが全然知らない俳優さんでそのひげ面の風貌が銀行を襲撃した犯人とそっくりなのだ、。従って見ていても混乱しちまってこりゃ完全にミスキャストだよ、、おまけに舟の船頭さんが手際よく漕ぐのですっかり途中が途切れてしまった。

折角の面白い設定なのにどんでん返しもなく意表を突くクライマックスもなく、犯人の主義主張もなく、キレイなねいちゃんも出て来ず、最後は敢え無くチョン、、恐らくプロデューサーは主演じゃないブルースに大枚を積んでいるってのにそれも0%生かされず、、どうやったらこんなにツマンネー映画が出来るんだろうか?それを考えたら今度は寝れなくなった、。オシマイ。

 

 

 

 

 

”イヤー・オブ・ザ・ドラゴン”(85年)

これは公開当時かなり衝撃的なバイオレンス犯罪映画として紹介されていた。監督が”デアー・ハンター”のマイケル・チミノオリバー・ストーンが脚本を書いている。そして主演がミッキー・ロークでチャイニーズの若き暗黒街のボスに抜擢されたのがジョン・ローンだった。

背景はニューヨークの暗黒街、チャイナタウンで麻薬組織のチャイニーズマフィア連中の縄張り争いがメインだ。スタンリー刑事は(M・ローク)ベトナム帰りの刑事で所轄へ異動になり麻薬取り締まりに取り掛かる。同時にチャイナタウンでは若きジョーイ・タイ(J・ローン)がメキメキと頭角を現し、古きロートルボス達から力ずくで縄張りを奪い勢力を拡大している。

所轄の上層部はこの旧体制のボス連中とそれなりに手を組み双方に都合の良い関係を築いていたのだがこのジョーイの登場で組織の古手から苦情が出始める。それに輪をかけて警察署内でもこの若きボスの存在が邪魔になって来る。其処へなれ合いを見過ごせない熱血漢刑事、スタンリーがやって来たので双方の関係に徐々に亀裂が生じて来る。

 

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もう一人重要な役柄でトレーシー(アリアンヌ)と言う中国系のTVレポーターが登場して来る。スタンリーは彼女のレポーターとしての顔を利用してチャイナタウンで起きている騒動を取材し古きオヤブン達と若い新興ボスを共倒れにさせようと企むのだがなかなか思い通りに事が進まない。

 

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公開当時もかなりヒットしたがニューヨークに置けるチャイニーズ社会を差別的に扱っていると社会問題に発展した記憶がある。まあ同様に映画で日系社会の対立が描かれると(”ライジング・サン”など)今度は日系社会から猛烈な抗議が来る。ぶっちゃけ誰がどんな相手を悪者に仕立て上げても何処かから必ず文句が出て来るってのはこの映画が公開されてから30年以上が経過しても変わっていないのだ。

そんな外野からの声は別にしてこの映画でミッキー・ローク、それにジョン・ローン(”ラスト・エンペラー”)の二人はスターダムのトップへ登って行った。

大好きな映画とは言えないがこの年代に公開された映画の中では異色の作品、しかもかなり輝いていたのは間違いない。惜しむらくは邦題がカタカナ表記って事か、?”ドラゴン危機一発”じゃダメだしそのまま”辰年”ってのはもっとツマンネー、、”ドラゴン”はカタカナだとしてもっと内容にマッチした衝撃的な邦題はなかったんだろうか?

 

 

 

 

 

T・E・ロレンスの真実

先日見たNHKBSで配信されたドキュメンタリー番組、”新・映像の世紀”別に毎回楽しみにしている訳じゃないのだが第一次大戦勃発に至る経緯を当時、国外で流されたニュースを使って検証していた。

そのニュースに紛れもないあの”アラビアのロレンス”の主人公、本物のT・E・ローレンス(トーマス・エドワード)が映っていた。場面はフェイサル1世とパリ講和会議に出席するところらしいので1919年1月18日、彼がアラビアで功績をあげた後の事で当時31歳である。

映画で彼を演じたピーター・オトゥールに比べ大分小柄だがにこやかに談笑しながら民族衣装をまといファイサル1世に寄り添っていた。映画にもその場面がありフェイサル国王をアレック・ギネスが演じていたものだ。

 

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実物のロレンスは1888年、ウェールズ生まれだがオクスフォード大学を経由して1914年の戦争勃発と共に軍に招集されている。その後、カイロの陸軍情報部勤務となり現地へ赴任、軍用地図作成に携わっている。26~27歳で大尉に昇進し語学力を生かしてオスマン帝国に対するアラブの反乱軍を率いたまさにこれぞ”スパイ”の原形とも言える活躍振りを見せるのだ。

無論映画は伝記として描かれているしスパイ映画とは何処にも書かれていないが単身アラブに飛び、地図作成を主任務として各部族と根回ししその後、列車爆破や強奪でトルコ軍に対峙して行くのは完全にスパイだよな、、。

そして色々な部族に分かれたアラブ軍をまとめて一気にダマスカスに侵攻しイギリス軍のヒーロー、、いやアラブ諸国をまとめてオスマントルコに抵抗しているのが映画でも描かれていてこれが一番の山場となっている。

 

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彼の大活躍で少佐に昇進しているのだが良く考えるとこれはトルコに対するテロ行為とも取れるのだ。即ち主義主張があって敵に被害を与える、其処には現在まかり通っているテロ行為と違いはないのでないだろうか?

映画ではその後、ロレンスは自分がして来た事はアラブ諸国に対する裏切り行為だったのではないかと疑念を持ちイギリスの国営の為にアラブをまとめてオスマントルコに対立させたと苦悩するロレンスが描かれている。

そして映画は時系列とは逆に冒頭のオートバイ事故に始まるのだがロレンスは1935年に除隊するまで空軍に属したりしながら国内で各地へ転属していたようだ、、それが1935年5月13日、僅か46歳にして事故死してしまう。

短く太く生きた人生、そしてその彼の数年の生き様を扱った映画なんだが実に素晴らしい映画だった。名匠デイビット・リーン監督の集大成であの砂漠を舞台にした見事な撮影や音楽、脚本、配役陣とこれ以上の作品に出合うのは難しい。さっきYahooではこの映画の評価が☆☆☆☆と出ていてもう一個☆が薄くなっているんだが最後の☆を付けられる映画があるなら逆にどんな映画なんだか問いてみたい、。

 

 

”リオ・グランデの砦”(50年)

これは名匠ジョン・フォード監督、ジョン・ウェインモーリン・オハラの方程式で作られた多くの西部劇の中でも地味な作品かも知れない。ジョン・フォードが描くところの”強い西部魂”、”家族との絆”方程式は全くズレていないしジョン・ウェインはこの作品の二年前に公開された”アパッチ砦”と同じ役名でカービー・ヨークに扮している。即ちこれは続編になっているのだ。

 

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ジョン・ウェインは40歳を回った頃の作品で背景は1879年のリオ・グランデにある北軍のコマンド・ポスト(前線司令官常駐砦)で日夜アパッチ族との戦闘が続く場所だ。同じジョン・ウェインが監督、主演も演じた”アラモ”の砦での玉砕は1836年だったので劇中何度なくアラモとかデビー・クロケットの名前は出て来るがもう40年から昔の出来事になる。

軍律に厳しい砦のヨーク司令官、優秀な軍人で15年前に奥さん、長男の元を去りずっと戦線に赴任し続け家庭は顧みなかった。そんな部隊にある日、新米兵士たちが士官予備軍として送り込まれて来る。厳しい訓練を経て軍人として国に忠誠を誓う事になるのだがその新兵の中にジェフ・ヨークと言う兵士がいる。彼こそ15年前に妻のキャサリーン(モーリン・オハラ)に託して来た自分の息子だった。

 

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そんな背景からこの優秀だが家庭を顧みる事無く軍人としてやって来たカービーの苦悩が読み取れる。しかし何故自分の居る危険な部隊へ配属されて来たのか、この辺りのジョン・ウェインが実に巧い、感情に表さずうちに秘めた苦悩と後悔を演じ、更に危険な任務には就かせたくない、、とオヤジ丸出しの心配顔だ。

そして更に難問が、その荒野にテント張りして駐留している息子の所へ母親のキャサリーンが何とか息子を除隊させ連れて帰りたいとやって来るのだ。司令官であるカービーの承諾の署名がないと除隊さえままならぬ状況に両親と息子は苦悩する事になる。

ジェフはやっと自分で決めた道を歩き始めた訳だし、カービーは逞しく育った息子が頼もしくそれが嬉しい、でもキャサリーンは夫に次いで今度は息子まで自分から去っていくとなるととても容認する事は出来ないのだ。もうこの展開はジョン・フォード監督のお家芸だ。途中幾つかの逸話が入るがいよいよ終盤、アパッチ族がメキシコ国境を越えて出先の駐屯部隊に攻撃を仕掛けて来た。

これまでメキシコとの協定によりリオグランデ河を越えてメキシコ側へは入らないと言う取り決めがあるが駐屯地が襲われ女子供が襲われ大勢が拉致されてしまった現状を見過ごす訳にはいかない。其処で上層部から承諾を得て一個師団で討伐に向かう決定がなされる。さて拉致されてしまった女子供を無事救出出来るのかカービーとジェフ、それに一個師団の騎兵隊はリオグランデ河を越えて救出に向かうのであります。

時代的にはこの頃はインディアンとの交戦が一方的に描かれていて毎回、インディアン=悪者に終始しているがもうちょっと後の年代になると今度はインディアンを居留地へ追いやるって作風になる。対立をやめて平和に共存出来る関係を構築する双方の努力を描いた作品もあるのだがジョン・フォード監督はこの時点では”硬派”だったしそれもかなり筋金入りの、、。

長年この映画は見ていたとばかり思っていたがテレビ画面が初めての鑑賞だった。モノクロ画面でスタンダードサイズ、名作”駅馬車”を彷彿とさせる場面があちこちに登場するがやはりオールド・シネマは素晴らしかった、、。

 

”疑惑に抱かれて”(91年)

原題は”Under Suspicion”、、”疑惑の影響下”って意味なんだが邦題は”疑惑に抱かれて”、充分納得出来るタイトルだ、。主演はあのリーアム・ニーソンで彼がフルヌードまで披露してくれるがジャンルとしては大好きな私立探偵モノだ。

 

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1991年の映画って事はオーストラリアにいた頃なんだが全然知らない映画だったのにはビックリした。かなり忙しく働いていた時期なので知らずに通り過ぎてしまっても無理はない、。日本の配給元ではエロチックサスペンスとか表示しているのでマドンナがやったヌード満載の犯罪モノと同じジャンルなんだろうか?

背景は1959年、イギリスはブライトンと言う港町で警察を懲戒免職になったトニー(L・ニーソン)のお話だ。この情景はアメリカの私立探偵モノとはかなり違った設定なんだがいきなりトニーは警察官として同僚と組んでとあるお屋敷を監視している最中に邸内に侵入しシャワーを浴びていた住人の奥さんと派手に絡み合うシーンで始まる。

そこへご主人が帰宅、散弾銃をぶっ放し駆け付けて来た警官を殺害してしまう。そんな出来事が背景にあり画面は二年後へ、、当然警察はクビになっているトニーは何とその時に絡んでいた女性が奥さんになっていて離婚訴訟専門の私立探偵業をやっている。

早い話が”美人局”常習犯で離婚するのに有利になるように自分の奥さんを貸し出して浮気をしている現場をカメラに収め歴然とした離婚の理由をでっちあげると言うものだ。それが当時は離婚する理由としては一番手っ取り早かったとか。そんな彼が依頼を受けた離婚劇が裕福な画家と奥さんのカップル、で画家にはホテルと自分の奥さんを提供し部屋へ乗り込んでその現場を撮影する魂胆だ、。そしてホテルの部屋へ突入するのだが何とベッドに居た二人が惨殺されている、、。

そんな出だしで犯人探しがメインとなるのだが実はその画家には別に愛人がいる事が判明する。それがアンジェリンと言うアメリカ人で弁護士立ち合いの元に公開された遺言状には全ての絵画をそのアンジェリンに託す、と書かれていてしかも殺された当日に遺言状が書き換えられていたのだ、。

この辺りから俄然映画も面白くなって行く、まずは殺害に使われた拳銃はトニーの所有物で彼の過去の経歴からしてもコレは自作自演で彼が真犯人じゃないのだろうかと疑われ遂には逮捕され裁判へ引っ張り出されてしまうのだ。

見ている側もそんな辻褄が合わない場面はないし、これはアンジェリンの陰謀じゃないのか、、と信じ始める。それに遺言状を公開した弁護士も何処となく不自然で二人が結託しているような雰囲気がありかなり迷わせる。

そんな展開で真犯人探しって事より本当にアンジェリンはやったのかそれともトニーがやったのか、と迷っているうちにこの二人が男女の関係になってしまう。って事は弁護士が未亡人と共謀しているのか?と謎が益々深まるって寸法だ。

アメリカの探偵モノとは大分違うがプロットの組み立てはバツグンに面白い、法廷場面になるとこりゃもう”推定無罪”とか名作の”情婦”の雰囲気でイギリス映画の真骨頂だ。リーアム・ニーソンも断然若く時間切れで絞首刑に進む場面などはかなり緊迫感がありハラハラドキドキものである。これ以上書いちゃうとネタバレになるが最後にクタバルのは誰か、見終わってもさて誰なんだ、、と判らない程の結末で御座いました。

これはリーアム・ニーソンファンならずとも満足出来る為五郎が二度も出て来る意表をつく犯罪劇としても良いだろう。これだから油断は出来ないぜ、、。