”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”フェンス”(16年)

良く映画ファンの間でも”良い演技とはどんなものですか?”と話題になることがある。この映画の二人、デンゼル・ワシントンヴィオラデイビス、これがその見本になる素晴らしい演技ですよ、っと断言しても誰からも文句は出まい。それ程に主演二人が見事な映画である。元ネタは83年に発表された戯曲で背景は50年代、アメリカは東部、鉄鋼で栄えているピッツバーグである。

監督も主演もデンゼル・ワシントン、、そしてプロデューサーとしても名を連ねている。奥さんを演じたヴィオラデイビスはこの映画で今年のオスカー、助演女優賞を獲得しているのだが、、ナンで助演賞なんだ?”ラ・ラ・ランド”のエマ・ストーンには悪いがこれは圧倒的に主演賞じゃないのか??この二人の舞台劇とも言えるぶつかり合いを見るだけでも充分にその価値がある、、残念ながら日本じゃ劇場未公開と聞いたがこれは実に残念だ。確かに一般受けはしないだろうし差別が存在していたあの時代のアフリカン・アメリカンの苦悩では劇場スルーは無理もないのか?

映画は実に淡々と進んで行く、トロイ(D・ワシントン)は市内の清掃局に勤める作業員、奥さんのローズ(V・デイビス)は専業主婦。二人の間にはコリーと言う息子がいる。でももう一人かなり年長のアンちゃん、ラッセルと言うのが良く出入りしているのだがトロイを”パパ”とは呼んでもローズの事はそのまま”ママ”じゃなくてローズと呼んでいる。セリフでは説明がないのだがどうやらトロイと前妻の間に生まれた息子らしい。

最初の30分位でこんな背景が判る。しかしパパ、トロイと息子のコリーは厳格に育てられたせいなのか一切口答えは許されず何時も直立不動での会話。高校では優秀なフットボール選手として認められているのだがパパは自身が野球選手として挫折したせいか、背景には黒人差別があるしどんなにスポーツの分野で頑張っても白人の選手は越えられないと言い張り息子のスポーツへの情熱を理解してやらないのだ。

この辺りの主義主張を貫くデンゼル・ワシントンは素晴らしい、間に入って息子の味方をし好きな道を歩ませたい、、と考えるヴィオラデイビスがこれまた素晴らしいのだ。子供を挟んで夫婦の対立、二人が喋るセリフだけでは判らない家族の環境、そしてパパの過去や兄弟の事が描かれていく、、この辺りはかなり真剣に聞き取らないと誰が誰でナンでそうなっているんだ、、と会話から読み取らないと判らない。しかし字幕のない画面、、イヤ、会話に神経を使う。日本の吹き替え、字幕制作元はご苦労されるだろう、、別にスラングや卑猥な単語が出てくる訳じゃないのだが台本をしっかり読まないと翻訳は大変そうだ、、、。

イメージ 1物語はそのまま三人が暮らす家庭を中心に進んで行く、、のだが息子、コリーとの溝は埋まらない、そして些細なことから家を出る決心をしたコリーは軍隊へ志願してしまうのだ、、。



そしてある日、トロイが乳児を連れて帰って来る。ああ~、、誰だこれは??と一瞬理解に苦しんだがどうやら愛人との間に出来た女の子、その赤子を押し付けられて来てしまったようだ。そしてやっと見ている側にも時々、奥さんのローズが苦悩している場面、そしてトロイがキレる場面があってその理由が明白になるのだ。

タイトルの”フェンス”、、原題では”Fences"と複数になっている。これは彼らが居住する家の周りにあるフェンス、その中で生活を営む一家、その内と外では全く状況が異なり一家の主としてはその”敷地”を死守して家族を見守っていくもんだ、、と言うパパ、トロイの願いが込められている。端的に言えば保守的でフェンスの外で日常起きている事には関心がない、、とも取れるのだが現実には外に子供まで作ってしまったパパ、トロイ、、ローズに対する贖罪の気持ちも加わり苦悩するのだ。

映画は終盤、そのレイネルと言う女児が10歳くらいになる場面に一気に進んでしまう、、ローズは無論実の母親ではないのだがちゃんとこの年月、ママとして面倒を見てラッセルとも上手くやっている様子。そこへ今や立派なアメリ海兵隊員として実家へ戻ってきたコリー、、彼にこれがお兄ちゃんだよとレイネルを引き合わせ家族揃って出掛ける場面、、でも最後の最後にコリーが”オレは行かない”と言い出すのだ。この辺りの演出はもう見事と言うしかない、、この最後の10分程度、、これで全てが判るのだがこの映画は白人、黒人の差別と言う想定ではないごく普通の人間ドラマとして日本でも多くの映画ファンに見て欲しい。何とも素晴らしい映画でした。