”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

記憶のなかの大晦日

いよいよ2019年も今日で終わりだ、、風邪一つ引かず医者いらずに元気でやって来れた事には感謝せねば。思い返すとその昔は”大晦日”と言うと一大行事だった気がする。記憶にある時代は”Always三丁目の夕日”より数年前の事じゃなかったか?映画では背景が昭和33年の港区、愛宕山近辺だったがうちはもっと下町でご近所にはマンション等は皆無、100%木造の戸建て住宅が密集してた。

野球小僧だったので学校が休みになると暗くなるまで殆ど家にはいなかった、野球をしてない時は近所の友人とつるんで自転車に乗り佃島経由月島とか晴海へ遠出していた。そんな時代にここには将来タワマンが建つだなんて思いもしなかったなぁ。我が家は母親が大晦日と言えども働いていたのでもっぱら家事は祖母の仕事、それに住み込みでいたお手伝いさんがおせち作りに励んでいたし築地の魚河岸場外売り場が近かったので材料は何でも買い出しに行っていた。でもついぞ牛肉サマにはお目に掛かる事はなかった、すき焼きなんてのは年に数回あったのか?

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まだ一人で映画館へ出掛けられる年じゃなかったので趣味はプラモデル、細かい手作業は好きでシンナーで薄めたラッカーを混合して独特の色を模型の戦艦や戦闘機に塗っていた。それと当時から読書は好きで近所の本屋、日比谷の図書館へは随分と通ったものだ、、でも不思議な事に漫画本には一切見向きもしなかった。確か”少年サンデー”とかも刊行され始めた頃だと思うが母に頼んで買って貰った記憶はないのだ。

その大晦日は正月用のお節の仕込みがメインイベントで大掃除の手伝いが決まり事だった。今思えば狭い家だったので自分の部屋を片付けるのにはたいして時間は掛らなかった、、まあ普段から整理整頓を信条としていたし汚す事もなかったので。

独身生活時代の大晦日は特別ナニをする訳でもなく気が向けば実家へ行く程度、就職してからは年末も正月も関係ない職場だったのでこの頃にはすっかり大晦日の風習は消えてしまっていた。

それに海外にいるとクリスマスは盛大だが年末はあくまでもニューイヤーズ・イブだった。それに元々雑煮は食べてもお節料理は余り好きじゃなかったのでその後、家庭を持つようになっても子供が小さいうちは家内が作っていたもののそれも余り人気はなかったようだ。そして今やこっちが当時の祖母の年齢を越しつつある今の時代、大晦日と言っても普段の日と何ら変わる事はないのだ。そんな家での夫婦の会話、、;

such:アナタちゃんと私が居ない間、買い物にも行ってたんでしょうね?コンビニだけじゃなくて、、。

guch:あったり前じゃん、ちゃんとミルクも買い、バナナも買って食パンだって切らしてないぜ、。

such:じゃあなんですかこの”配送確認書”って書いてあるピラピラ紙は?

guch:ああ、それね、、ちょっとどんなかネットで試しに買ってみたんだよ。

such:何ですかそんな言い訳して。ネットで買って配達して貰い結局何処へも出掛けてないって事でしょ?将来車椅子になっても私は押しませんよ。

guch:その内もっと最新式の便利な車椅子が出来るわな、、。

って事で別に隠す積りはなかったのだが家内にはネット買い、無料配達ってのがバレバレでした。やっぱりこれは”許されざる横着者”なんだろうか?

そしたら何とコレには続編が、、;

such:アナタぁ~、、ネット名と暗証番号は?

っと自分の部屋から叫んでいるよ、っで結局それから約一時間、寝たように静かになってこっちはこれでもうワイワイ言われないぞっと安心してたら、、”明日の12時から2時までの間は出掛けないで配送されて来るのを待っててくださいよ”、。

そんなでこの顛末記、続編は”許された横着者”に、ホレ見ろ、自分だってこの便利さには負けただろう。そんな便利な時代の大晦日になるとは、、こりゃあの時代、”三丁目”の祖母も母親も絶対に想像出来まい。

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うちじゃ何時頃からだったか年越しそば ↑ はこんなヤツになった。

それまではごく普通の盛りソバを近所の長寿庵から出前して貰っていた。そうっか出前って事はまだ実家に住んでいる頃だな、、。

この21世紀、それも最近になってだが指先一本で何でも注文が出来、快適に温度調整されたマンションの一室で雪景色を見ながら操作が出来る。映画だってテレビ画面から見れる時代に、、隙間風が入る戸建ての家で湯たんぽを抱いて寝ていただなんて、俄かに自分でも信じられない。家内に言わせると”山の手育ちの私が下町生まれの貴方と出会って結婚するだなんてそれこそ信じられませ~ん、”、と言ってたが同じセリフを返してやりたい。でもこれが又、信じられないくらいの長い年月一緒に居るんだなぁ~、、銀婚式はとっくに越してサファイアにはチト早い、ルビーにそろそろ到達する頃かも知れない。

そんなで振り向けば令和元年の大晦日が静かに過ぎて行く、、何はともあれ呆けずに健康で”健康寿命”を邁進したいものだ。しかし何故東京生まれの老齢夫婦が何の謂れもない北の大地、札幌でこうして大晦日を迎えているんだか、それこそ双方のご先祖様はビックリしているだろうなぁ~。