イメージとしてはこんな橋の真ん中で”思案中”の積りだったのだが、、これは高知の”はりまや橋”だった、、
でも名称が先に全国区になってしまい実物は”ええっ?”と言うくらいこぢんまりしていて言われないと通り過ぎてしまうとか。
まあ行った事もないのでそんな事を書く資格もないのだがこの管理人業も7年になる。最初っから肉体労働に従事するにはその位が限度かな、とは思っていたのだが事業投資として借入れたローン、それに”のれん料”と言えば良いのかビジネス権利の代金の収支が丁度7年くらいでチャラになる計算だった。
そしてこれがホンモノの長崎にある”思案橋”だが、、これじゃ橋の真ん中に立つわけにはいかないじゃないか、、。
現在は橋はもうなく繁華街としてその地名が残っているようだ。親父が長崎出身(?)だったらしく何度か寝台車に揺られて行った記憶あるがさて今はどうなっているのやら、、。
そして何が”思案中”かと言うとオーストラリアへ渡ってきたのが平成元年、って事は今年で28年、その前にも都合10年ばかりはアメリカに住んでいたので都合38年も日本を中心に回る人工衛星みたいな生活をしていたって事になる。仮に思案の結果、管理人業を”廃業”した場合は権利と共に住宅も引き払う必要がある。そうなると又、引越しを余儀なくされるのだが今度は自分で賃貸をする身になるか又、適当な住居を購入するか選択肢は限られている。当然そんな事になる事は予想していたが果たして”プランB”として日本へ帰る選択肢はあるのだろうか?それが一番の懸案事項で、、今、かなり悩んでいる。
管理人の契約は20年なのでまだ当分先の話だし上限が20年と言っても来年5年を上乗せする事になっているので何時の場合でも17~18年前後の契約期間は余程の突発事件がない限り継続する。従ってこの管理人権利を売却する場合でも購入希望者に便宜を図る為のシステムと言う事になるのか??
その日本にはもうとっくに実家はないし年の離れた実弟が独身生活を謳歌しているだけ、家内は最初っから一人っ子で既にもう両親もいない。息子と娘が離れ離れで夫々世帯を持っているがこれからも頼る事はないだろう。なので仮に日本へ、、となるとまずじゃあ何処へ??となる。
なのでこの地図を壁に貼りダーツでも投げて刺さった箇所に”軟着陸”する方法も良いかも知れない。とは言っても離島じゃ困るかな、、車の運転もせずに生活出来る環境となるとやはり8大都市圏かその近郊か、、。
近い将来、年金を頂ける事を期待しつつその金額と相談するっきゃないのだろうがこのオーストラリアの物価高じゃ引退した途端に食えなくなりそうだ、、でももう自炊だけはカンベンして欲しい。