”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”ゼロ・ダーク・サーティ”

見たいかな、、と思いつつ結局封切りには行かなかった。そう言えばキャサリン・ビグロー監督の前作”ハート・ロッカー”も見逃している。劇場公開から遅れて4ヶ月、有線での配信が開始されたので5.50ドルを払って見る事に、。端的に言えば一人の女性CIA担当官、マヤがオサマ・ビン・ラディンを追いかけ遂にパキスタン市内の潜伏場所を特定し2011年9月、SEALのチームを送り込み殺害を果たすと言う忠実に事実を再現した映画である。
 
2001年の9・11から丁度10年間、CIAの情報担当官としてこれだけをやり遂げたマヤの活躍は見応え充分だ。しかし映画は完全に実録なのでどうしてもドキュメント風、それに案の定2時間半の映画の途中で3回も電話や来客、、そしてトイレに中断を余儀なくされた。やはり途中で邪魔が入ると一挙にテンションが下がる、、DVDなら停止ボタンって手もあるのだが有線配信の場合はそれが出来ないし録画も出来ない、、但し見始めた時間から翌日の見始めた時間までなら何回でも繰り返して見れるのだが、、、。
 
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”実録映画”なのでそんなに派手なアクションは期待もしてないし忠実にビン・ラディン探しに終始するだろう、、の予測通りの展開だった。映画開始早々、アルカーイダに通じる一員の拷問から幕を開ける。この頃はマヤも拷問には顔を背ける初々しさもあったのだが敵を追っかける事10年も経過するともうそんな拷問には免疫が出来ている。隣に座った兵士に平気で敵の顔を殴るように指示も出来るようになった。
 
最後の山場はパキスタンの潜伏先を襲撃する場面なのだがマヤは司令官として現場に出向かず指令所からモニターとマイクに向かい指示を出す立場だ、。この辺りは見ながら思わず”忠臣蔵”の名場面、”吉良は何処じゃ、、何処じゃ、、、はよう探し出せ、、”と言っている大石内蔵助の声がだぶっちまった、。
 
まあ雪は降ってなかったが重厚な城とでも言えそうな根城に一族郎党潜伏しておりそれそこ女子供も大勢いる。何時かはこの潜伏場所だって突き止められるとは思わなかったんだろうか??深夜の攻撃とあって暗闇の中での銃撃戦、幾ら予想もしていない襲撃とは言え全く明かりもないなかでの銃撃戦、見ている我々も一体なにがどうなっているのやら判らない、、しかもビン・ラディンが何処にいるのやら、、顔も見分けられないし時間はむやみに経過する、、街の一般市民が何事かと押し寄せようとする中、”ビンは何処じゃ?未だ見つからんのか?”の怒鳴り声がこだまする、、そんなクライマックス君でありました。
 
結局ビン・ラディンと知って殺害したのではなくて撃った後で”コイツだよ”と結果オーライの決着。まあこれが真相だったんだろう、、完全にアクション映画とするならもっと違う展開があったのだろうが此処はあくまでも女性監督の感性、事実を忠実に再現する事が優先されている。しかしまあ女子供の目の前での殺害、、こりゃあの子供たちが大きくなったらアメリカを憎むんだろうな、、、、そう思うとこりゃもう終わりなき聖戦と言う表現がピッタリで見ていても心境複雑な思いでした。
 
このスチールはラストシーン、マヤが星条旗の前で任務完遂後、一筋の涙を流す場面、この涙に込められた思いが監督が描こうとしていた事なんだろうと勝手に解釈している。即ち、ビン・ラディンを倒しても組織が壊滅した訳じゃない、、現にアメリカを狙ったテロは終わらず益々対立は激しさを増す、、終わりのない無益な殺し合い、主義主張が違えば殺戮は終わらない、宗教とは如何に残酷なものであるか、、これはもう神と神との対立として我々がその代理戦争を遂行しているのではないだろうか、、。