”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”リプリー”(99年)

原作を書いたのはアメリカ人のパトリシア・ハイスミス、、55年には何故かフランスで推理小説大賞を受賞、その原題は”The Talented Mr. Ripley"である。それがフランス映画界の重鎮、ルネ・クレマン監督の目に留まり映画化されたのが60年。タイトルはフランス語で”Plein Soreil"となり主役に抜擢されたのはアラン・ドロン、そしてこれはもう誰も文句のつけようのない”名作”としてそして又、アラン・ドロンの代表作として半世紀以上が経過しても語られ続けている、、、。

The Talented Mr. Ripley ー Plein Soreil ー 太陽がいっぱい

これは非常に珍しいケースでアメリカで出版されフランスに渡り映画化、それが今度は日本へ渡り本国以上に大ヒットである。無論アメリカ国内でも公開はされたのだが日本のような訳には行かず、知る人ぞない、じゃない殆んど知られてないようだ。

そして99年にずっとフランスの後塵を排している訳にはイカンとばかりアメリカでアンソニー・ミンゲラ監督の元シドニー・ポラック(普段は監督)もプロデューサーとして出馬、リメイクと言うかアメリカ映画として制作されたのが原題をそのままに使った”The Talented Mr. Ripley"である。主演はマット・デイモンジュード・ロウ、それにマージ役はグウェネス・パルトローだった。

イメージ 1そしてその邦題は、、”太陽がいっぱい”、、じゃなくてそのまんま”リプリー”だった。もうこの邦題には笑うっきゃないだろう?担当者出て来い!とどやしつけてやりたいのだ。そりゃ元ネタを書いたパトリシア・ハイスミスさんにも責任があるのだが”才人リプリー氏”じゃナンとも締まらない、だからと言って形容詞を外して”リプリー”だけかい?これでヒットすると思ったのかね?

あっちはアラン・ドロンモーリス・ロネ+マリー・ラフォレそしてニーノ・ロータ、監督はかのルネ・クレマン、そして背景はイタリアと来ちゃ誰がどうやっても勝ち目はなかろう、、でもこっちの”リプリー”の方が原作に忠実で映画としての評価もかなり高いのだ。昨晩それを自分でも検証してみたのだがミステリー+犯罪ドラマとしてはかなり上出来である。

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ただどうしてもアラン・ドロンや全編に流れるニーノ・ロータの哀愁を帯びたテーマ曲がダブってしまい最後まで”太陽がいっぱい”を超える事はなかったが、、。でももっと捻った邦題、話題性のあるものだったらヒットしてたんじゃないのかな?

何せもう18年も前だしマット・デイモンジュード・ロウもグウェネス・パルトローも皆さん若い、、オリジナルと比較せずとも新しいアメリカ映画として見ればそれなりなんだがこれはもう完全に”邦題負け”の典型的な例だろう、、。

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これはオリジナルのラストシーン、物陰に隠れる刑事に頼まれ、カフェのおばちゃんが”ムッシュー・リプリー、お電話ですよ~、、”と彼を呼ぶ場面昨今こんな名場面はそうは簡単に作れない。

”トム・リプリー犯罪白書”が邦題だったら大とは言わずともセンター返しのクリーン・ヒットはしただろうに、、。