”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”ピンクの豹”(63年)


軽快なヘンリー・マンシーニのテーマ曲に乗って登場するジャック・クルーゾー警部ピーター・セラーズ)、監督はブレーク・エドワーズでもうお笑いの要素が凝縮されたコメディだった。”ピンク・パンサー”シリーズとしてその後7本が制作されているがピーター・セラーズ亡き後にリブートされた方はスティーブ・マーティン主演で二本あったのだがこっちは空振りだった、、。

イメージ 163年版はデビット・ニーブンが主役、クラウディア・カルディナーレが抜擢されているのだがこの映画のヒットに気をよくしたブレーク・エドワード監督とプロデューサーはクルーゾー警部を主役に据えて翌64年に”暗闇でドッキリ”を制作した。それがシリーズ化のきっかけでこれにはエルケ・ソマーが共演、その辺の経緯や詳細はジェフリー・ラッシュピーター・セラーズを演じた伝記映画でエピソードになっていた。

勿論このシリーズに置いてピーター・セラーズの功績は計り知れないのだが個人的に忘れらない女優さんが一人いる。それはキャプシーヌ、、50年代からファション・モデルとして活躍し60年、初出演した映画、”わが恋は終わりぬ”で圧倒的な存在感を示した。その後、ジョン・ウェインと共演した”アラスカ魂”、”ライオン”を経てこの”ピンクの豹”へ、、最初はクルーゾー夫人として配役されていたがその後リットン夫人として同シリーズ三作に出演している。

第七の暁”(64年)ではウィリアム・ホールデンと共演、そのプロデューサーのチャールス・フェルドマンとはかなり親密な関係でウィリアム・ホールデンを交えた三角関係にまで発展してしまい結局フェルドマンの死後、ウィリアムとは彼が81年に亡くなるまでずっと親密な関係が継続していたらしい、、ああ何だかハリウッド特派員になった気分じゃん、、、。

でもワタシとは母ほどに年齢は違うハズなんだが(調べたらそんな事はなかった)、こんな表情が好きだった。

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改めて拝見すると造作が大きくてエヴァ・ガードナーとかリタ・ヘイワースの雰囲気かも知れない、。凹凸もはっきりしているしやはり日本にはいない女優さんだろう。

しかし10代の後半にこんな女優さんが好みだ~、、って言うのも問題大アリかな??

伝記を読むとどうやらオードリー・ヘップバーンとはかなり親交があったらしい。晩年はスイスのローザンヌに居住し70年代後半から80年代にかけては良き友人同士だったとか、、でもかなり以前から憂鬱症を患っていたようで90年、僅か62年の生涯を自身で閉じてしまった。この記事を読んだときはかなりショックだった。

どうも”ピンクの豹”がキャプシーヌになってしまった。このキャプシーヌと言うのはフランス語で無論女優デビューに際して付けた芸名だが”キンレンカ”(金蓮花)と言う花の名前らしい、、本名はジェルメーヌ・ルフェーブル、、Germaine Lefebvre。映画の内容はすっかり忘れていたがこんな正統派美女がおっちょこちょいのクルーゾー警部の奥さん役ってのも笑えるのだ。