”オールド・シネマ・パラダイス”、、時々新作も

長年”映画と愛猫とオーストラリア”だったが札幌へ軟着陸し愛猫も亡くしこの新タイトルで心機一転だ。

”大統領の執事の涙”(13年)

原題は”The Butler”(執事)だが邦題は何と”大統領の執事の涙”だそうな、、、、、こりゃ参ったな。そりゃ確かにその通りなのだが”の”をダブルで付けて”涙”まで入れるか?でも”涙”が入るとちょっと映画の主題とは違う気がするしストーリーが横道へ反れていくような気もする、、おい、担当者、その意味を聞かせて欲しい。
 
比較するなと言われてもどうしても見る前から往年の秀作”日の名残り”を意識してしまい果たして此方の実在するセシル・ゲインズ氏はどんな執事だったのかアメリカで公開された時から気になっていた。映画は1920年代、ジョージア州の綿花畑で劣悪な環境で働く幼少のセシル、その幼い坊やが内勤となり給仕の仕事へ、、其処から町へ出てホテルの給仕、、そして57年にはホワイト・ハウスへスカウトされる。更に歴代のアメリカ大統領に仕え80年代のレーガン大統領に従事するまでの長き人生ドラマとなっている。
 
イメージ 1主役の二人、セシルを演じたフォレスト・ウィティカーと奥さんのグロリアを演じたオプラ・ウィンフリー。この人はテレビのプレゼンターだとばかり思っていたのだがなかなかの演技賞もの、、多分オスカーにはノミネートされそうだな、、。
 
監督はリー・ダニエルズ、監督と言うよりプロデューサーとして黒人社会をテーマにした映画を意欲的に制作している。
 
映画はその後二人の息子の登場で思わぬ方向転換、予想とは違う路線へ、、。この家庭での出来事は何故か勘違いして違うバスに乗り合わせた気分だった。
 
歴代の大統領はアイゼンハワーからレーガンまで、夫々に個性豊かにメイク技術を駆使した配役で大御所が顔見世興行をしてくれる。そして映画の最後はオバマ大統領が初のアフリカ系アメリカンとして就任する2009年まで続く。まさに波乱万丈の”セシル・ゲインズ物語”である。
 
実際に60年代に入ってもアメリカ南部では差別があった事には驚くばかりだがベトナムへの徴兵は白人社会と同じ制度が適用、その肝心要のホワイト・ハウスに置いてもその賃金には40%近い差があったと聞くと”執事の涙”と言う邦題も頷ける。彼の伝記映画なので長い時代の描写は理解出来るし歴代の大統領の苦悩や実生活振りも良いのだが余りに多くの”ゲスト俳優大統領”を登場させたので執事の内幕暴露とまでは行かなかったし期待した緊張感に欠けてしまったのが残念。やはりプロの執事は恋愛も結婚もましてや子供を持つ事などはもっての他だ、、この環境、暮らしぶりはかのスティーブンス氏を見習わないといかんかな。
 
日の名残り”に登場するイギリスのお屋敷、ダーリントン・ホールは50年代が背景で当時のホワイト・ハウスとほぼ同じ規模で執事、その他多くのスタッフを抱えていた。その執事頭、ジェームス・スティーブンスは淡い恋心を抱くが兎に角仕事最優先、個人の楽しみとか趣味とは全く無縁の生活を送るし親父の死に目にも立ち会わない、、やはりイギリス人気質を痛烈に感じさせる真の”職人”であった。
 
同じ”執事対決”歴史の違いもあるがアメリカの執事には勝ち目はないぜ、、と言うのが結論である。
 
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一つ共通するセリフと言おうか両映画で語られる注釈がある。それは”執事たるもの、接客中、誰に意見を求められても絶対に自分の意思や想いを告げてはいけない、同意を求められてもその件につきましては関与致しかねます”と答えるようにと諭させる場面がある。これはイギリスでもアメリカでも共通する執事の心得である。
 
オーストラリア国内ではアメリカの劇場公開から遅れる事2ヶ月半、土曜日の午後でアメリカ人も沢山いたようだが集客は70%程度だった。昨今のアクション満載、CGをふんだんに取り入れた映画ではないし、むしろ登場人物は別にしても地味な映画なので果たして日本ではどれだけ観客動員が出来るだろう??
 
”涙”を期待すると肩透かしを食らうが主役二人の演技は見ものだし他の配役陣もそのメークは一見の価値あり、、誰がどの役を演じているのかと探すのも良いかも知れない。それには最初に誰が出ているのかを知らないと”あー”で終わっちまう、、、。